京都地方裁判所園部支部 事件番号不詳 判決
主文
被告は原告に対し金十万七千九百二十六円を支払うべし。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は原告勝訴の部分に限り原告において金四万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は被告は原告に対し金十四万四千八百九十八円を支払うべし訴訟費用は被告の負担とする旨の判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求めると申立てその請求の原因として原告は昭和六年以来肩書住居で飲食店を営んでいるものであるが被告方は原告住居の裏側(東側)に接してあり当初原被告共に訴外上村宗次から右各居住家屋を賃借していたところ被告は昭和十九年十一月に先づ自己居住の家屋敷を、ついで同二十二年十一月二十八日に原告居住の家屋敷を右上村宗次より買受けてその所有者となつた、ところが原告方は表街道に当る山陰街道に面しているが被告方はその東側に存する裏街道には出られるけれども右表街道たる山陰街道には原告方か或は前示上村宗次方を通り抜けなければ出ることができないので被告は右原告方の家屋敷を買取ると同時に山陰街道への出口を求めるべく原告に対して通路開設妨害禁止の訴を亀岡簡易裁判所に提起しその結果同二十三年六月二十九日「第一項、被告は原告が別紙目録記載の建物居宅の南側の部分に於て該建物の西南角から北え幅員一間奥行四間に亘る部分を切取り且つ別紙目録記載の物置及び便所を収去しそして南桑田郡亀岡町字内丸一七の二三所在の原告居宅から山陰街道に通ずる道路を開設することを妨害してはならない。第二項、被告は原告に対し前項建物の切取部分並びに物置便所を明渡さねばならない。第三項省略。第四項、原告において金三百円の担保を供託するときは第二項の建物明渡につき仮にこれを執行することができる」旨の判決が言渡された。被告は右判決を受けるや同年七月一日右判決の仮執行の宣言に基づく強制執行として京都地方裁判所執行吏に委任して被告方より原告方を通り山陰街道に出られる通路を開設するため原告方家屋の南端約一間巾に亘つて表口より裏便所に至る間の壁、板戸、屋根等を破壊し且つその個所において原告が設備していた各種営業施設その他を撤去損壊し原告が慌てて右強制執行の停止を求め該命令書を示すに及んで漸やくその執行を中止したのであるが右中止に至るまでの間に被告が右強制執行として破壊損傷したものは原告方家屋の南側約一間巾の個所に設置されてあつた(一)表入口横の陳列台(ショーウインドとも称している)(二)営業用調理室(三)流し場及び竈(四)中仕切壁及び戸(五)便所及び納屋の屋根に及ぶものでこれを原状に復旧するために要する費用は(一)の陳列台につき千四百六十七円(二)の営業用調理室につき五千三百七十四円(三)の流し及び竈等につき三千七百十円(四)の中仕切の建具及び壁につき三千三百円(五)の便所及び屋根等一式につき一万五千五百五十七円の外(六)人夫代として六千九百円(七)雑費として二千円合計三万八千三百八円である、一方原告は右第一審判決に対して直ちに控訴を申立て極力被告の主張を争つた結果控訴審においては被告の敗訴するところとなりこれに対する被告よりの上告も棄却されて昭和二十五年十一月十八日頃には右上告審判決に対する異議申立期間も経過して該判決が確定し第一審判決の誤〓が是正確認されたのであるがその間被告より受けた前記仮執行の宣言に基づく強制執行のために家屋の破壊と営業設備の損壊とにより二十八ケ月半の長きに亘つて営業一切を営むことができなくなつたのである、而してその当時の原告の営業状態はその仕入総額が一ケ月一万二千四百六十七円であり飲食店営業における純利益額は仕入総額の三割を相当とするところより右営業休止期間中に原告が引続き営業を継続していたとすれば当然一ケ月金三千七百四十円の純益を得られていた筈であるのに前記の執行のためにこれを得ることができなかつた訳でその二十八ケ月半分を合計すれば金十万六千五百九十円となる、以上のように被告の前示仮執行のために原告は右二口合計十四万四千八百九十八円の損害を被つているのであり右執行後上訴審において右仮執行宣言附判決が取消され該上訴審判決が確定している以上被告において右損害を賠償すべき義務があることは当然であるからこれが賠償を求めるため本訴に及んだものであると述べ
被告の抗弁に対しその(一)につき原告が右執行前と同じように営業を営み得るようになるためには先づ被告所有の原告居住の家屋を執行前の状態に復旧しなければ右建物内部における原告の営業設備を復旧する工事ができないので賃借人の地位にある原告が自救自衛のために被告に代つて家屋の一部を修復する必要があるものである、その(二)につき被告は前示の強制執行に際し通路を開設するために屋根瓦の取除き、壁の取毀ちその他の営業設備の取外し等をなし且つ右取外した物件を雨漏りのする個所に持出し放置したために発生した損害であるからその復旧費用は被告が負担すべきものである、その(三)につきうどん及び酒類はその当時統制はされていたが販売を禁止されていた訳ではなく飲食店においては従来の実績に応じてこれ等の物を配給されこれを販売することは許されていたものであると述べた。
立証として甲第一乃至六号証を提出し証人杉森幸三、田辺慎司、小西静夫、中田正平の尋問を申出で検証及び原告本人尋問の結果を援用した。
被告訴訟代理人は原告の請求棄却の判決を求め原告主張の事実中原告が現住家屋において飲食店を営んでいること、被告が原告現住家屋とその敷地を所有していること、被告が原告に対し原告主張のような訴を提起し原告主張のような第一審、控訴審及び上告審の各判決があり且つその裁判が確定していること及び被告が右第一審判決の仮執行の宣言に基づいて執行吏に委任して原告居住家屋の一部明渡の強制執行をしたことは認めるがその余の事実はこれを争う、而して(一)被告が右一部明渡の執行として原告主張のウインドウ(陳列台のこと)の取除き、物置及び便所の屋根瓦の一部の剥取り、中仕切壁及び裏口の壁の取毀ち等をなしたことは事実であるがこれ等はいづれも被告所有家屋の一部分をなすものであつて原告所有の物件を損傷したこととならず謂はば被告自ら執行のために自己所有の物件を損傷したものに過ぎないのであるから右損傷されたものにつき賃貸人たる被告に対し賃借人たる原告が使用に適する状態に置くことを請求するは格別原告より原告主張のような事実を原因としてその復旧費用の損害賠償を求められる理由はない、(二)又原告が備えつけたウインドウ(陳列台)、調理場、竈、煙突、物置台、流し場等についても通路開設のためにこれを取外して他に移動したことは事実であるがウインドウは前述のように家屋の一部をなし被告の所有に属するものであるのみならず右取外しの際これ等の物件を損傷した事実なく右取外した後移動された物の保存管理については原告が適当にこれをなすべき責あるに拘らずその挙に出でずして散逸腐朽するに委せながらその責任を被告に求めることは不当であり且つ仮りに右責任が被告にあるものとするもそれ等の物件は老朽甚だしきものであつたのに拘らず新調に要する費用を計上して復旧費用として請求することは失当である、(三)更に営業を継続することが出来なかつたことに基因する損害の賠償請求額については原告主張の期間中における物品の買入、調理販売による利益の算定等具体的なる根拠を示さない漠然たるものであるのみならず原告主張の販売品中のうどん及び酒については右期間中にづれも配給の統制を受け自由販売が許されていなかつたものであるから仮りにこれ等が販売されていたものとしてもそれは闇売りであつてそれによる利益をも得べかりし利益として損害賠償請求額中に計上することも法律上許されないところであると抗争した。
立証として佐藤保、菱田英一、伊藤春吉、村井八十八の尋問を申出で検証の結果を援用し甲第一号証及び同第四、五号証の成立を認め同第二、三号証及び同第六号証の成立は不知と述べた。
理由
原告が現住居で飲食店を営んでいること及び原告現住の家屋が被告の所有に属することは当事者間に争なく原告の右営業が昭和六年以来継続して営まれていることは原告本人尋問の結果によつて明らかである更に原被告双方住居の地理的状況が原告主張のとおりであることは検証の結果によつて明瞭であり被告が原告主張のような訴を提起しその訴の結果が原告主張のとおりであること及び被告が右第一審判決の仮執行の宣言に基づいて原告居住家屋の一部明渡の強制執行をしたことは当事間に争のないところである、そうすると仮りに右被告の強制執行による損壊及びそのために原告の被つた損害があるとすれば被告にこれを原状に回復し且つそのために原告が被つた損害を賠償する義務の存することは民事訴訟法第百九十八条第二項の規定の趣旨よりして言を俟たないところである、よつて本件における争点としては(一)被告が右強制執行により如何なる損壊をなしたか及びその復旧のために要する費用は何程であるか(二)右強制執行のために右復旧を求める以外に原告が如何なる損害を被つたかの二点であると謂うことができる、そして右(一)の点については証人杉森幸三、田辺慎司、小西静夫の証言及び原告本人尋問の結果並びに検証の結果を綜合すると被告が右強制執行に際して原告方の家屋及び営業設備に加えた損壊は原告主張のとおりであるものと認めることができ、右認定に反する証人佐藤保、菱田英一、伊藤春吉、村井八十八の各証言は信用することができない、そうなると前示のとおり被告に右損壊した物を原状に回復するに要する費用を賠償する責任があることになる訳であるが右損壊した物の内物置及び便所の屋根、柱、桁、〓木、野地板、棟木等及び中仕切壁、簀戸、板戸並びに裏口壁等はいづれも被告所有の家屋の一部であるから(被告は陳列台についても家屋の一部分であるから被告の所有であると云つているがこれは単に外部より取りつけたもので未だ家屋の一部となつていないものであることは検証の結果によつて認められる)その復旧につき賃貸人たる被告に対し使用に適する状態において提供することを求めるは格別前記の仮執行に基因する原状回復のための損害賠償として請求することは原告主張の如き自救自衛のために已むなくなされねばならない理由の立証のなされない限り失当なるものと謂はねばならない、そうすると前示の損壊された物の内右家屋の一部をなすものを除いた物の原状回復に要する費用についてのみ被告に損害賠償の責があることになるのであるがこの点についても右損壊前における物件が新調品でなかつたことは証人小西静夫の証言及び検証の結果によつて認め得られるところであり原告主張の復旧に要する費用は総て新しい材料を用いた新品を作るに要するものを計上されているのであるからその金額全部を被告に支払はせることは原告に失つた以上の利益を得せしめることになる、本来なれば原状回復の立前よりして損壊前の物件そのものに等しき程度に現物をもつて回復せしむべきであらうがそれは材料に破損されたものもあり又破損されていないものでもその後腐朽散逸している現在においては難きを強うるものであるから新材料を用いて新品を作ることを認める代りにその費用全部を被告に負担せしめることなくその物件が損壊当時に有していた価値に相当する分のみを被告に負担せしめそれ以外の部分は原告をして負担せしめることにすれば最も公平妥当な解決方法と云うべく右損壊された物件の損壊当時の価値が証人小西静夫の証言によつて新調するべき物件の六割程度の価値を有していたものと認めることができるからこの点の被告に負担せしめるべき金額は右損壊された物件の新調に要する費用の六割に当る額とするを相当とする、よつて進んで右の点の損害賠償額について検討するに証人小西静夫の証言並びに同証人の証言によつて真正に成立したものと認める甲第六号証の店舗復旧見積書を綜合すると前記被告の強制執行によつて損壊された原告方家屋及び営業施設の復旧に要する費用としては右甲第六号証の内訳記載のとおり(一)表入口横の陳列台千四百六十七円(二)営業用調理室五千三百七十円(甲第二号証より氷けづり台三百円を控除す)(三)流し及び流し台、家庭用かまど等三千七百十円(四)中仕切の建具及び壁三千三百円(五)便所屋根一式一万五千五百五十七円(六)各種手間六千九百円(七)雑費二千円その合計三万八千三百八円を要するものと認められるがその内前示認定のように被告所有の家屋の一部分をなすものの復旧費用と見るべき(四)の中仕切の建具及び壁の三千三百円(五)の便所屋根一式の一万五千五百五十七円(六)の各種手間代の内便所屋根に要する大工手間代二千二百円と瓦葺手間代六百円及び人夫手間代中の六百七十五円(七)の雑費中の一千円(右人夫手間代及び雑費については甲第六号証の大工手間の人員数の配分より見てその半額は家屋の一部分復旧のために要する費用と見るを相当とする)を控除するとその残額は一万四千九百七十六円となり更に前示認定のように損壊当時の価値相当額のみの賠償を認めることにするとその六割に当る額は八千九百八十五円六十銭となつてこれが被告が原告に支払うことを要する右仮執行によつて損壊された物件の復旧のための損害賠償額と謂うべきである、次に前示争点の(二)については証人中田正平の証言及び原告本人尋問の結果並びに右結果によつて真正に成立したものと認める甲第二号証を綜合すると前記強制執行を受けた当時における原告方の一ケ月の総仕入額は一万二千四百六十七円であつたことが認められ(甲第二号証は原告方の昭和十八年五月中の仕入総額が記帳されてその総額は九十九円五十五銭となつているのであるが右中田証人の証言によつて明らかな如く右強制執行のあつた昭和二十三年当時における物価は昭和十八年当時より約二三百倍の値上りを示し同号証記載の各買入物品についても訴状添付の計算書下欄に計上されている値上り額以上に騰貴していること及びその後原告が本訴を提起する当時より現在に至るまでにおいても物価は騰りこそすれ下廻つていないことは顕著なる事実である)飲食店営業における純利益が仕入総額の三割以上であることも右中田証人の証言及び原告本人尋問の結果に徴して明らかなところであるから右強制執行を受けた当時における原告の飲食店営業による純利益額はこれを仕入総額の三割と見て一ケ月三千七百四十円であると認めるのを相当とする、尚この点につき原告本人の供述によると附近の農家より買求めた小麦をもつてうどんを作りこれを販売した事実が認められるが本件における総仕入額中には右小麦の買入分が計上されていないことは甲第二号証によつて明らかであり上記の純利益額は右総仕入額を基礎として算出したものであるから右原告本人の供述は右純利益額の算定につき影響を来たさない、次に原告が右強制執行当日より上告審判決が確定するに至るまでの二十八ケ月半中の期間中、原告本人の供述によつて明らかとなつた昭和二十五年三月より同年十一月までの八ケ月半の間において菓子類を販売して一日三十円相当の利益を挙げていた以外は完全に右飲食店営業を営むことが出来ずその間右菓子類販売による収入以外営業による収益不能の状態にあつたことは証人田辺慎司、中田正平の証言及び原告本人尋問の結果を綜合すると明らかなところであり原告はそのため昭和二十五年二月までは月々三千七百四十円、同年三月以降は月々二千八百四十円の右営業による得べかりの利益を失つていたことになり右休業全期間中には合計九万八千九百四十円の損害を被つていたことになる(被告はうどん及び酒の販売による利益は配給統制をくぐつた闇売りによる利益であるからこれを得べかりし利益に計上して損害賠償を請求するは法律上許されないと抗弁しているが証人中田正平の証言及び原告本人尋問の結果によりこれ等の物品は配給統制はされていたが飲食店営業者には従来の実績に応じて一定量の配給がありその配給品を販売することは許されていたものであることが認められるから右二品についての販売による利益をも得べかりし利益として認容した、尚前出附近農家より買求めた小麦によつて作つたうどんの販売は闇売りと称するものの如くであるけれどもこの分の販売による利益は前記のとおり本件利益額より除外されているものである)から被告は原告に対し右金額の損害を賠償する義務あるものと謂うべきである。
よつて原告の本訴請求は原状回復のための損害賠償としては八千九百八十六円(小額通貨の整理及び支払金の端数計算に関する法律第十一条によつて前記八千九百八十五円六十銭を繰上げた)、得べかりし利益喪失の損害賠償としては九万八千九百四十円の範囲内においてはその理由があるのでこれを認容しその余の部分については失当として棄却すべきものであるから訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおりに判決する。(昭和二九年七月二七日京都地方裁判所園部支部)